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zoom RSS 忠犬ハチ公の新しい銅像が東大キャンパスにお目見えした(No1898)

<<   作成日時 : 2015/03/08 00:43   >>

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  忠犬ハチ公の新しい銅像が東京大学農学部キャンパスにお目見えした。ハチ公の死後80年の命日にあたる3月8日に除幕式が行われる。銅像は、ハチ公が飼い主の上野博士に飛びつく姿を写して、「ハチ公と上野英三郎博士像」と命名されているが、こうして旧主を甦らせることが、真の忠犬ではないのか。

  銅像は東大農学部の弥生講堂アネックス前に建てられ、3月8日13:30〜15:00に除幕式が行われる。案内によると、「犬と人との相互の愛情関係を象徴するユニークな像が建った」と謳っているが、式典では像製作者の彫刻家・植田 努氏の挨拶や国立科学博物館長の林 良博氏の記念講演などがある。
  旧東京帝大農学部教授をしていた上野氏は没後90年になるが、日本に農業土木工学を創設した功労者であったため、東大教授有志による銅像建設募金が1000万円以上集まった。

  ハチは大正12年(1923)11月に現在の秋田県大館市で生まれた秋田犬だ。愛犬家の上野博士により、13年1月に引き取られたが、他に飼っていた2頭のポインター犬などと共にハチを連れて渋谷駅に行く上野氏の姿が見られている。上野氏は翌年5月に出先の東京帝大で急死したが、それを知らずに渋谷駅に上野氏を迎えるハチの姿が頻繁に見られたという。
  
  ハチはおとなしい犬で人にいじめられる姿が見られたという。それを可哀そうに思った日本犬研究者の斉藤弘吉氏が、「いとしや老犬物語」と題して、「今は亡き主人の帰りを待ちかねる七年間」とハチの姿を書いて新聞に寄稿した。昭和7年10月4日付の東京朝日新聞に掲載された、その記事が反響を呼び、「忠犬ハチ公」と呼ばれるようになった。同年11月には「日本犬展」に招待されたハチが紹介された。翌年には世界の愛犬家組織である「ポチクラブ」の名誉会員に推薦された。以来、忠犬ハチ公として大事にされるようになったという。

  昭和9年4月21日、付近住民の募金活動により、彫刻家の安藤 照氏により作られたハチ公像(台座180センチ、像の高さ162センチ)が、渋谷駅の改札口前に建設された。除幕式には上野博士の八重子未亡人や各界名士など300人が参加した。ハチ公は渋谷駅の古川駅長に連れられて、この一部始終を見守っていたという。さらに5月には安藤氏により、忠犬ハチ公の塑像が天皇、皇后両陛下に献上された。昭和10年3月の尋常小学校の修身の教科書に「恩ヲ忘レルナ」と題してハチ公の物語が掲載された。

  ハチは持病のフィラリアで昭和10年3月8日朝、渋谷の路地で死んでいるのが発見された。12日の告別式には、八重子未亡人や関係者の他にも多数が参列し、僧侶16人による読経、花輪25、生花200、弔電180、香典200円超など、人間さながらの葬儀が執り行われ、青山霊園の上野博士の墓の隣に寄り添うように葬られた。亡骸は剥製にされ東京上野の国立科学博物館に所蔵されている。

  ハチ公の銅像は、昭和19年10月、戦時中の金属供出により回収されたが、戦後の昭和23年8月、最初の像をつくった安藤照氏の子息の安藤 士氏により制作された現在のハチ公像が渋谷駅前に再建された。連合国軍の占領下であったが、ハチ公物語は戦前から海外に紹介されており、GHQの愛犬家有志の有形無形の力があったのか、再建像の除幕式にはGHQ代表も参列していた。

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