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zoom RSS 「戦争遺跡」が放置や開発で消えてゆく(No1843)

<<   作成日時 : 2014/08/13 14:25   >>

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  8月15日の終戦記念日が近づくと、新聞に69年前の戦争の話が載る。私たち戦前生まれには懐かしくも苦しい話である。昔の戦争を知らない戦後生まれには恐ろしい話であろう。

  中国戦争や太平洋戦争の体験者が全人口の2割まで減ったそうだが、その戦争の足跡も消えて行くと言われている。「戦争遺跡」の保存の動きが鈍く、戦争の記憶を遺す建物や記念碑などが撤去されていると言われている。新聞によると、世界遺産に指定された広島市の「原爆ドーム」などの戦争遺跡は全国に3万カ所あると言われている。だが、国や地方自治体により保護されているのはわずか216件。大半は放置され、開発などで減っていくという。

  消えゆく「無言の証言者」として上げているのは、◆1944年11月24日の米軍の 東京空襲で攻撃された東京都武蔵野市の中島飛行機製作所。その跡地に唯一残る旧変電質が都残苑整備で撤去される。ゼロ戦のエンジンを組立ていた製作所は、学生が学徒動員されていたが、9回の空襲に遭い、学生を含む200人以上が犠牲になった。◆地上戦で多数の沖縄県民が犠牲になった浦添市では、日本軍の歩兵大隊が米軍戦車から直撃砲を浴びた「前田陣地高地後方陣地跡」が市の区画整理で解体される。
  ◆三重県鈴鹿市の鈴鹿航空隊の格納庫は市民団体が文化財登録を求めていたが、保有したNTT西日本に解体され、部材に一部が市の倉庫に眠っている。◆静岡県島田市の太平洋戦争末期に、米軍爆撃機を狙った「Z研究」を進めた「第二海軍技術廠牛尾実験所」の跡地が大井川のほとりにコンクリートの基礎が残っている。郷土史家が保存を求めているが河川工事で解体される。
  ◆奈良県天理市の「大和海軍航空隊基地(通称・柳本飛行場)」では、朝鮮労働者や慰安所の女性が強制連行されたという記述の説明版が「記述の根拠がない」という抗議で市により撤去されたが、最近は、歴史認識による紛争が多くなっているという。◆他に東京都心の倉庫に5000点もの戦争資料が眠っているという話もある。都が15年前に平和祈念館を建てる構想で都民から寄贈を募った。焼け残った目覚まし時計から絵画日記、軍資料と見られる文書まで5040点が建築構想がとん挫したために倉庫に保存されたままだ。

  文化庁は03年度、幕末から太平洋戦争までの戦争遺跡50件を選び、研究者に調査を依頼して、04年度に報告書が刊行される予定だった。この報告書が戦争遺跡の保護に役立つと期待されたが、未だに刊行されない。文化庁によると、太平洋戦争の歴史認識が研究者や生存している戦争体験者と文化庁の間で分かれているからだという。
  戦争遺跡は、過去の戦争を物語るが、未来の戦争を予測するとも言われている。古いものだから放置しておくと風化してしまう。未来の誤った戦争をしないためにも、子供たちのためにも保存すべきである。

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内 容 ニックネーム/日時
旧軍史跡をなき物にしようと企てるのは自虐史観に毒された売国奴か、戦争の記憶さえ残すことを厭う国賊の、どちらの輩か。
大衆が抱える病根
2016/09/04 14:39

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