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zoom RSS 原爆詩集「にんげんをかえせ」(No1662)

<<   作成日時 : 2013/08/07 08:03   >>

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  日本に投下された原爆を体験して書かれた作品に多くの秀作が残されたが、代表的なのが、詩人峠三吉の「原爆詩集」である。その詩「にんげんをかえせ」は国連軍縮特別総会で朗読され、詩碑が広島市の平和公園に建てられた。「にんげんをかえせ」は今も多くの出版物で引用され、力強く平和を訴えている。

  広島と長崎に原爆が投下されてから6年たった昭和26年、自費出版で5百部だけ印刷された小さな詩集が「原爆詩集」だった。当時、連合国軍総司令部(GHQ)が戦争の記録を封印して厳しく監視の目を光らせていたから、原爆についての詩集は出版禁止だった。しかし報道や出版を統制したプレスコードの網をかいくぐり、版を重ね、広がった。

  峠は終戦の時、幼少より気管支の病気に苦しめられ、爆心地から3キロの広島市内で長期療養生活中に被爆したが、生き残った。
  広島商業学校在学中から作詞をしていた。戦後は広島県庁に勤務の傍ら、広島を拠点とする文化運動で、広島青年文化連盟委員長を務め、雑誌「ひろしま」の編集に携わり、文化活動の中心的役割をしていた。

  「原爆詩集」を出したのは、昭和25年、朝鮮戦争でアメリカ軍が中国軍に原爆の使用を考えているというニュースを知ったからだという。「にんげんをかえせ」は「原爆詩集」の序文であったが、全文平仮名で書いた詩は、原爆被害を強烈に訴えた詩として、たちまち広がった。

  峠は27年、新日本文学会全国大会に出席のため上京の途中、持病の気管支の大喀血で倒れ、翌年3月、36歳で没したが、「にんげんをかえせ」は原爆をテーマにした詩の中で名作と称えられている。死後10年経った昭和38年、広島市の平和公園に詩碑が建立された。
  
  峠の死後25年経った1978年、「にんげんをかえせ」はニューヨークの第一回国連軍縮特別総会で朗読されて感動を呼んだ。世界の心を大きく揺さぶった。峠の作品は死後50年を経過し、著作権が切れたので平和教材など様々な出版物に引用されている。 

      ちちをかえせ ははをかえせ
      としよりをかえせ
      こどもをかえせ

      わたしをかえせ わたしにつながる
      にんげんをかえせ

      にんげんの にんげんのよのあるかぎり
      くずれぬへいわを
      へいわをかえせ

  
 
  
   

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