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zoom RSS 集団的自衛権を考える=日本は「普通の国」になった(No1831)

<<   作成日時 : 2014/07/01 20:45   >>

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  日本が戦争に参加することが許される「普通の国」になったのである。安倍内閣が集団的自衛権の行使を認める憲法解釈を閣議決定したからだ。これで湾岸戦争から20年以上続いた集団的自衛権論争は一応の幕となるようだ。それにしても、閣議検定された7月1日は、1954年7月1日に発足した自衛隊の60回目の誕生日だが、自衛隊が新しく生まれ変わる日となった。

  集団的自衛権は第2次世界大戦の終わった1945年に国連が新しく認めた自衛権があり概念だ。自国を守る権利を「個別的自衛権」、戦争に参加する権利を「集団的自衛権」として、共に国家の固有の権利として国連憲章に明記されている。何処の国もこの二種類の自衛権を持っている。
  
  しかし、戦後の日本は、吉田首相が掲げた「軽武装、経済優先」の吉田ドクトリンを継承し、経済復興に邁進してきたが、それを理由にして、歴代内閣は、集団的自衛権の行使を認めず、軍事費のかかる戦争に日本が参加することを許さなかったのである。

  「普通の国」という言葉は、1991年の湾岸戦争で、日本が味わった屈辱から生まれた。日本は国連の多国籍軍への参加を断り、戦費130億ドル(当時の1兆7000億円)を拠出したが、日本は「金しか出さないのか」と批判され、クエートが米紙に発表した参加国への感謝状から「JAPAN」の文字が削られた。当時、自民党幹事長であった小沢一郎氏(現在の生活の党代表)が、後に著書の中で湾岸戦争を振り返り、「日本は『普通の国』として、平和と自由のコストを払わなければならない」と述べている。

  「普通の国」のコストとは、戦後の朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、アフガン戦争、イラク戦争などに参加した米英仏独加など多くの国が軍隊を派遣し、平和と自由を守るために戦ったことを言っている。各国は多数の死傷者を出したが、平和と自由を得るための代償と認めた。

  しかし、経済大国となっ日本が湾岸戦争に参加しなかったことは、「血を流さず、金で済まそうとした」と受け取られた。これがトラウマになって日本は、ペルシャ湾の機雷掃海に海上自衛隊を派遣、国連のPKOに参加、日米安保条約改定、自衛隊のインド洋派遣、イラク戦争の多国籍軍に参加するなど、集団的自衛権の行使へ向かって走り出したのである。

  安倍内閣が7月1日、臨時閣議を開き、歴代内閣の憲法解釈を見直し、集団的自衛権の行使を認めることを決定をしたから、日本は戦後69年目にして、戦争に参加することが許される「普通の国」となっのである。
  しかし、日本は好き好ん戦争に参加するのではない。平和と自由を守るために侵略者やテロリストたちと戦うのである。戦争に参加する場合でも、将来に禍根を残すような、国民の納得しない戦争は許されないのである。

  それにしても、集団的自衛権を認めず、日本が戦争に参加するこを許さない理由となったのは、「戦争放棄」を決めた憲法9条であったが、「戦争放棄」した平和憲法を作ったのは、戦後再び日本が戦争を始めることを恐れたアメリカであった。吉田首相が、朝鮮戦争でアメリカが求めた日本の再軍備を拒否する理由としたのも憲法9条であったのである。

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