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zoom RSS 日本の「平和の鐘」がニューヨークの国連本部で打ち鳴らされた(No1692)

<<   作成日時 : 2013/09/20 21:19   >>

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  ニューヨークの国連本部に日本から贈られた「平和の鐘」があることをご存知ですか。「国際平和デー」を前にして9月18日、国連本部では、シリアの停戦を呼びかけて、潘基文事務総長やアシュ国連総会議長により、「平和の鐘」が打ち鳴らされたのです。

  1981年に国連では、9月21日を「国際平和デー」に制定し、「停戦と非暴力の日」として、すべての国と人々に敵対行為の停戦を呼びかけているが、特別行事として「平和の鐘」が打ち鳴らされているのです。

  日本の国連加盟を進めるために設立された民間団体の「日本国連協会」から、中川千代治氏が代表として、1951年(昭和26年)にパリーで開かれた第6回国連総会に出席したが、加盟国に対して、『多くの人達の平和への願のこもったコインを溶かして、「平和の鐘」をつくりたい』と訴え、コインの提供を働きかけた。

  「平和の鐘」の願いは聞き入れられて事務総長らの協力を得て、「人類の平和を希求する声」として、フィラデルフィアの「自由の鐘」と共に、ニューヨークに設立された国連本部に寄贈されることになったのです。当時、国連加盟の60数か国の人々からコインが贈られ、ローマ法王のピオ12世からもキリストとマリアの像が鋳込まれた金貨9枚が授けられた。

  中川氏は戦後、愛媛県宇和島にある菩提寺に、「世界絶対平和万歳の鐘」を寄贈していたが、この鐘をモデルとして、世界中から集まったコインを鋳造して「平和の鐘」が作られたのです。広島、長崎両市の原爆被爆者から、「鐘の柱の土台にしてほしい」と被爆地の土が贈られました。
  
  完成した「平和の鐘」は、1954年1月21日、横浜港からニューヨークに向けて出港し、6月8日、国連本部に寄贈されたのです。国連の「平和の鐘」にも、日本にある母鐘と同じ「世界絶対平和万歳の鐘」の文字が刻印されていました。高さ1メトル、直径60センチ、重さ150キロの鐘は、国連本部の敷地内に置かれ、国連見学コースになっているのです。日本は2年後の1956年に国連に加盟しました。

  なお、中川氏はその後、昭和34年〜42年と昭和46年〜47年まで、3期9年、宇和島市長を勤めたが、ガンのため在職中に他界した。享年66歳だった。

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